埴生沖の機雷を爆破処理

山陽小野田市の埴生漁港沖で発見された機雷の爆破処理が17日、海上自衛隊下関基地隊により同漁港の沖合3・5㌔の海底で行われた。市は発見場所の沿岸に住む約300世帯の約500人に対し、安全が確保されるまでの間、避難を命じたが、事前に周知したこともあり、大きな混乱はなかった。爆破処理を見届けた住民からは安堵(あんど)の声が聞かれた。

同基地隊によると、機雷は第2次世界大戦中に米軍が投下したMK│36と呼ばれるもので、全長は1・7㍍、重さ約490㌔で、そのうち火薬の量は約270㌔。3月31日に発見されたが、場所が住宅地に近く干潮時には機雷がむき出しになるような状態だったため、市と自衛隊が関係機関と安全な処理方法を検討。大潮の満潮時を狙って、沖合まで移動させての爆破処理となった。
住民の安全が確保できる地点に機雷が移動するまで、発見場所から半径600㍍を立ち入り禁止区域に設定。住民の避難後、市職員などが区域に人がいないことを確認してから、同基地隊ダイバーが機雷に浮きを付けて浮かせ、ゴムボートで沖合までえい航した。
機雷に爆薬をセットし海底に沈め、午後0時15分、水深約8㍍の海底で爆破を決行。ごう音とともに水柱が高さ約100㍍まで達した。爆破の瞬間を一目見ようと埴生漁港や津布田の海岸線には多くの人が集まり、水柱が上がるとその大きさにどよめきの声も漏れた。
避難対象者のうち、高齢者を中心にした52人が避難場所の埴生公民館と埴生中体育館で2時間余りを過ごした。漁港の入り口近くの上中自治会に住む牧野美幸さん(72)は「終戦直後には、漁港所属の漁師が機雷の爆発で亡くなったこともあった。自衛隊を信頼しているから怖くはないが、何かあったら困る。避難は仕方がない。見つかってから長かったが、やっと日常に戻れる」と安心していた。

カテゴリー:事件・事故2014年5月19日

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