埴生の機雷、17日に爆破処理

山陽小野田市埴生漁港近くで発見された機雷の爆破処理が17日、海上自衛隊下関基地隊により行われる。周囲の安全確保のため、発見場所から約3・5㌔沖合での水中爆破処理となるが、移動を伴うため、発見場所から半径600㍍を立ち入り禁止区域に設定。区域内の住民約300世帯(約600人)は当日、避難する必要があり、市では対象となる9自治会への周知を図っている。

機雷は3月31日に発見された米国製で、市と自衛隊が関係機関と処理方法などを検討してきた。同区域の設定は移動に伴う爆発事故に備えるもので、海上では爆破処理地点から半径500㍍を警戒区域、半径3㌔を入水制限区域とする。
16日午後から移動準備として機雷を水中に浮かせる作業を始め、17日は午前9時半から11時に自衛隊がゴムボートでえい航して爆破処理地点に移動。爆破は処理地点の海底で午後0時15分に行う予定にしている。
避難対象自治会は西浜崎、中浜崎、東浜崎、下市、本町表、本町裏、中市、みゆき、上中。市では自治会長に詳細を連絡し、避難者と要支援者を把握するほか、コミュニティーFMや防災メール、広報車、市ホームページで周知と注意喚起を徹底する。
避難所は埴生中体育館と埴生公民館で午前8時に開設。当日は9時までに避難を済ませ、避難の完了確認後、立ち入り禁止区域への全ての道路を通行止めにする。避難は機雷が安全な地点に移動されるまでで、解除は午前11時を予定している。
海上の警戒区域では宇部海上保安署の巡視艇が警戒。爆破の水圧で鼓膜や内臓を損傷する恐れがあるため、入水制限区域での遊泳や潜水を禁止し、市の広報車が沿岸部を巡回する。爆破処理の際には爆破音や振動、水柱が予想されるという。
機雷は太平洋戦争末期の1945年に米軍の爆撃機から投下されたものと確認され、重量は約490㌔。戦時中、関門海峡周辺には5000発近い機雷が敷設され、発見されていない機雷の数は不明。昨年8月には下関市沖の海中でも爆破処理されている。

カテゴリー:事件・事故2014年5月1日

写真注文はこちら
無料試読キャンペーン
宇部日報購読案内
サンデージョブ
サンデーうべ
サンデーワイド
サンデートレンド
Sundayうべ・おのだ
Sunday西京
サンデーネットワーク
全国郷土紙連合
新聞協会
選挙権を持つ君へ
アーカイブ
single