“生き証人”クスノキ移植

kusunoki.jpg 宇部興産本社旧館の敷地に残っていた最後のクスノキが、宇部ケミカル工場(東地区)の正門前と、吉部の精華学園高前の2カ所にこのほど植え替えられた。宇部湾岸線(湾岸道路)の建設工事に伴って本社旧館が姿を消してから9年余り。経済界の殿堂を見守ってきた〝生き証人〟たちに次の安住の地が見つかった。

同社宇部渉外部によると、本社旧館の敷地にはクスノキ20数本とソテツなどがあったが、旧館の解体工事に伴って近くの事業所などに次々と移植され、交差点の角地に3本のクスノキを残すだけとなっていた。敷地は現在駐車場となっている。
「宇部興産創業百年史」には、本社旧館の前身である宇部工業会館が建設された経緯について「沖ノ山炭鉱は匿名組合から株式会社に改組する際、港湾整備など将来のインフラ対策を想定し、別途積み立ててきた資金がかなりの額に達していた。当時、宇部における経済界交流の殿堂となった宇部工業会館は、この資金を活用して建設された」と紹介している。
同じ時期の「宇部時報」には、宇部工業倶楽部が社交クラブとして、俵田明会長ら374人のメンバーで発足したとある。
開館は1931年6月1日。本館は地上2階、地下1階で延べ1200㎡(64年に増改築)。「周囲には、庭園と運動場を造成した」とあり、クスノキはそのころ植えられたものらしい。
「百年史」の編さんグループリーダーを務めた西川章夫さんは64年の入社。「若葉のころ社窓を開けると、クスノキのいいにおいがしていた」と懐かしむ。
最後に移設されたのは比較的樹勢の良かった2本で、いずれも樹高約8m。宇部ケミカル工場では、花壇コンクールで数多くの最優秀賞に輝いた同工場自慢の花壇と共に、工場の新しい顔となる。
精華学園高は宇部小野田湾岸道路建設事務所を通じて移植先に決まった。県道の改良工事に伴って新しくなったバス停のすぐそばで「葉が生い茂れば、バス待ちの乗客たちの日よけになるのでは」と期待されている。

カテゴリー:その他の話題2010年3月16日

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