宇部に靖国神社の原点

堀さんらの共著「靖国神社の源流」 靖国神社初代宮司の足跡をたどった「靖国の源流─初代宮司・青山清の軌跡」が、青山清(一八一五─九一年)の子孫縁者である宇部市のノンフィクション作家、堀雅昭さんら三人による共著として、福岡市の弦書房から出版された。堀さんは、執筆を進めながら調査するうち、青山が宇部の旧領主、福原越後を琴崎八幡宮に祭ったのが、靖国神社の原点であることを突き止めた。

同書は、萩市の椿八幡宮第九代宮司だった青山清が、明治維新を駆け抜けて靖国神社初代宮司に就くまでを紹介している。
堀さんが第一章「明治維新と靖国神社」を担当。居能に住んでいた堀さんの曽祖母の野村ヒサと、ヒサの祖父である青山の関係を記した「青山清とヒサおばあちゃん」をはじめ、「神道の復興」「西南戦争と靖国神社の誕生」「日本初の西洋式銅像」「奇抜な銅像大鳥居」などを執筆した。
「錦小路頼徳と福原越後を祀る」では、県文書館で毛利家文書を調べ、青山と越後の関係に注目し光を当てた。
山口明倫館で国学の研究に取り組んでいた青山が、明治新政府の国家神道の基礎を構築。藩主の毛利敬親が一八六三年に山口入りし、山口城(現・県庁)を造る際の工事総責任者を請け負った越後との縁で、禁門の変で亡くなった越後を、琴崎八幡宮に祭っていた。江戸幕府と直接対決して亡くなった人物を神として祭った最初だとしている。
これをきっかけに、戦死者を祭る招魂祭が盛んになり、その後、下関の桜山招魂社で高杉晋作や吉田松陰らを祭る招魂祭へと発展した。
明治維新後、大村益次郎が造った東京招魂社に奉職し、長州藩と同じ招魂祭を継続。東京招魂社が一八七九年、靖国神社と名称が変わり、青山清が初代宮司に就任したいわれだ。
第二、三章は青山家の一族である青山隆生さん(栃木県日光市・全国東照宮連合会事務局長)と青山幹生さん(広島市・元広島郵便貯金ホール館長)が担当。
隆生さんは第二章「靖国神社初代宮司・青山清の発見」で、「先祖を知る資料」「東京の青山本家」「墓地移転と墓誌建立」などを、幹生さんは第三章「関ヶ原以後の青山氏」で、「毛利に従った青山氏」「青山氏以前の椿八幡宮」「高杉神社」などを執筆している。
堀さんは「軍人たちを合祀(ごうし)する太平洋戦争絡みのイメージが固定している靖国神社だが、文明開化のシンボルとして造られた西洋風神社だった。この書を読めば、靖国神社の違う姿が見えてくるだろう」と話した。
A5判、二百十九ページ。定価二千百円(別税)。各書店で販売する。

カテゴリー:その他の話題2010年7月7日

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