山陽小野田市「住吉まつり」半世紀ぶりに復活

街の中に鎮座する住吉神社(東住吉町で) 小野田地区の住民が楽しみにし大勢の人が繰り出してにぎわっていた「住吉まつり」が半世紀ぶりに今年5月に復活する。小野田商工会議所から住吉神社(東住吉町)までを、セメントだるをモチーフにしたみこしなどのしゃぎりが練り歩き、まちに活気と人々の絆を取り戻す。

住吉神社は小野田セメント(現・太平洋セメント)の創立者で〝小野田の父〟と称される笠井順八が、1887年に自宅敷地内(現在の住吉神社の場所)に、出身地である萩市の住吉神社から分霊を勧進したのが起こり。99年に社殿を改築し現在の規模になった。
1908年に小野田セメントに所有が移り、以来、会社の守護神として順八翁(おう)の誕生日の5月31日に祭礼を行った。明治、大正、昭和と会社主催で盛大な祭りを開き、特に戦後は地域の復興と発展を祈る行事として境内や周辺の道路が人であふれかえっていた。
その後、小野田商工会議所が主催して始めた小野田祭りに、住吉まつりが51年から合流。しかし、合流後も独自に境内でしていた祭りが60年代に入って行われなくなり、現在に至っている。
2年前の市長を囲んでふるさとづくり(夢)を語る会で、住吉神社がある須恵校区の代表が「祭りでまちおこしをしよう」と呼び掛けたのをきっかけに、住吉まつりを復活させ住民のコミュニティー、絆を取り戻そうと盛り上がった。小野田セメントのOBも協力を申し出て、昨年7月に住吉まつり復活委員会(宮崎義也会長、60人)を組織し、祭りの準備を進めてきた。
今年の祭りは「復活!住吉まつり―世代を超えて つながる日」のタイトルで、順八翁の誕生日に近い5月27日の日曜日に開催。前日の26日には前夜祭を開く。
住吉神社境内を中心にステージイベントやバザーを実施。本祭では龍舞、よさこい、小野田偉人行列やセメントのまちの象徴であるセメントだるを模したみこしなどが小野田商工会議所から住吉神社までの市道(約600㍍)を練り歩く。
須恵校区で生まれ理髪店を経営しながら地元に住み続ける宮崎会長(74)=丸河内1区=は「住吉まつりでは境内の前の道まで露天商が並び、大相撲もやって来るなど大にぎわいだった。子供の頃は小遣いをもらって祭りに行くのがうれしくてしょうがなかった。今年だけではなく長く次の世代に申し送りたい」と話した。
復活委員会では今後、祭りの協賛を住民や団体、企業に呼び掛ける。詳細な内容も協議していく。
問い合わせは須恵公民館(電話83─3360)内の事務局へ。

カテゴリー:地域2012年1月23日

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