木戸刈屋盆唄記念広場27日に落成式

整備が進む木戸刈屋盆唄記念広場(刈屋上条で) 山陽小野田市の木戸刈屋地区に170年以上前から伝わる「木戸刈屋盆唄」を後世に継承するため、木戸刈屋盆唄保存会(林克則会長、50人)は、盆唄の主人公の伍郎とゆかりのある刈屋上条の旧灘尾家跡地に、木戸刈屋盆唄記念広場を開設する。落成式典は、27日午後1時半から現地で開かれ、木戸刈屋盆唄の総踊りが披露される。雨天時は刈屋自治会館で。

1830年代に萩毛利藩家老の娘と足軽の伍郎が駆け落ちした場所が木戸刈屋地区で、温かく迎えてくれたのが刈屋の灘尾家だった。しかし、娘と伍郎の甘い生活は、そう長くは続かなかった。身分の違いから、娘は強引に萩に連れ戻されることになり、別れの際に舞ったのが、この盆唄の始まりといわれる。
以前は旧小野田市内だけでなく、宇部市など近郷でもよく踊られていたこの盆踊りを大事に伝えようと、1977年に保存会を結成。高齢化による踊り手不足で、一時解散の危機に陥ったが、2003年から有志が悲恋物語を秘めた踊りと唄を長く残していこうと、熱心に活動している。衣装は、刈屋の波をイメージした青い浴衣。
05年には、明圓寺そばの灘尾家の墓地にある伍郎塚のモニュメントを多くの人に知ってもらおうと、近くに木製の道しるべを設置。08年には「木戸と刈屋のさかえの松は」の歌い出しに登場するマツがあった高台の恵比須神社境内に、記念碑を建立した。
記念広場の土地は、灘尾家の相続人の安尾泰子さん(下関市長府)が山陽小野田市に寄付した。広さは542・59平方㍍。木造瓦ぶき平屋建ての納屋(28・76平方㍍)がある。
広場には、道しるべと伍郎塚のモニュメントを移しフェンスを設置する。整備費は、木戸刈屋盆唄保存会の役員、ゆかりのある有志による寄付金を充てた。事業費は約90万円。この広場は、保存会をはじめ、地元自治会が共同管理する。
林会長は「記念広場を設け、モニュメントを設置し、この伝統文化を末永く伝えていきたい」と話した。

カテゴリー:地域2011年7月22日

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