宗隣寺に芳山公の顕彰碑

sourinnjinikinennhi.jpg 旧宇部領主・福原氏の当主で、炭都発展への道を開いた福原芳山(1847─82年)の功績を後世に伝えようと、福原芳山公を顕彰する会の発起人会(伊藤隆司代表、15人)が17日、発足した。

来年の2011年が芳山の没後130年に当たり、宇部市が市制施行90周年の節目を迎えることから、福原氏の菩提(ぼだい)寺である小串の宗隣寺(山中原浩住職)に顕彰碑「宇部石炭礎の碑」を建立する計画。今後のスケジュールと募金活動を話し合った。
発起人には、福原氏ゆかりの人や地元経済界の代表らが名を連ね、二木秀夫元市長、藤田忠夫前市長が相談役に就任。事務局は宗隣寺と、宇部観光コンベンション協会内に置く。
顕彰碑は、福原家の年忌法要に当たる来年の「福星忌(11月の第2日曜日)」に向けて、市街地を見渡せる境内の一角に建立。併せて周辺の環境整備を行う。
日本庭園史の研究家として著名な重森三玲のまな弟子で、宗隣寺に大書院が建てられた際(07年)に環境整備を手掛けた作庭家の斉藤忠一さんが携わる。
斉藤さんからは、芳山が1867年から7年間、イギリスに留学した経緯から「イギリス積みの赤れんがと同国の樹木を配したい」という意向を受けているという。
募金は1口5000円。来年7月末をめどに500万円を集める。10口5万円以上の寄付者・団体は、顕彰碑に名前を刻字する。
伊藤代表は「皆さんの協力を得ながら、ぜひ成功させたい」と協力を求めた。打ち合わせ後は、文筆家の堀雅昭さんを招いて、芳山の足跡と功績を改めて学んだ。
芳山は帰国後、司法省に勤め、後に最高裁判所の前身である大審院で判事となった。宇部では他村の手に渡っていた石炭の採掘権(鉱山借区権)を買い戻し、地元資本による炭鉱経営の基礎を築いた。
死後、墓所は東京都台東区の谷中霊園にあったが、02年に宗隣寺に改葬されている。

カテゴリー:地域2010年9月18日

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