越後公像、原型が完成

青空に映える福原越後像の鋳造原型(東岐波で)明治維新の礎となった宇部の旧領主・福原越後の像が、越後公を祭神としている維新山の宇部護国神社(野村好史宮司)に建立されることになり、その鋳造原型が仕上がった。虚空を見詰める静かな瞳に憂国の情を宿し、重厚温雅で詩歌を愛したという人柄をしのばせている。

越後公の銅像は、福原家の家臣で後に3代目の市長になった紀藤閑之介が、昭和天皇の御大典(即位の礼)事業の一環として1928年に神原公園に建立した。しかし、戦時下の金属供出で、赤だすきを掛けて〝出征〟したとされている。国難に際し、2度にわたって戦地へ赴いたことになる。
福原氏の遺徳を尊ぶ市内の篤志家が像の再建を願って発案。同志数人が集まり、東岐波在住の彫刻家、古谷博さん(50)に制作を依頼した。
越後公ゆかりの寺社を巡って資料集めから開始。当時の家老らが身に着けていたのと同様の衣装を京都から取り寄せ、烏帽子の膨らみ方や飾りひもの位置まで細かく再現した。はかまの直線的な折り目が動乱の時代に立ち向かった厳しさを表し、衣のふくよかなしわが領民への優しさを示しているという。
構想から1年以上。「国と領地の行く末を案じながら無念の死を遂げられた越後公の心中を推し量りながら制作した。自分の年と、越後公が岩国の龍護寺で果てられた年とが重なり、格別の思い」と古谷さん。
神原公園にあった台石は、銅像が供出された後、福原史跡公園(中尾1丁目)の石段になったという。代わりとして上宇部小にあった台座(高さ約1・8メートル)が使われることになり、宇部護国神社の本殿横に設置されている。
鋳造原型は高さ約1・9メートル。東京に送って鋳造した後、古谷さん立ち会いの下、着色し、刀を溶接する。11月23日に記念式典と除幕式が同神社で行われる。

カテゴリー:地域2010年9月3日

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