被災地に思いをよせる市民の集い

東日本大震災から7年を迎えた11日、「3・11被災地に思いをよせる宇部市民の集い」がヒストリア宇部で開かれた。東北、関東から山口県内に移住した3人が対談。「避難生活はずっと続く。その時点で失った暮らしは取り戻せない」などと胸中を語り、約80人が耳を傾けた。福島の子どもたちとつながる宇部の会(橋本嘉美代表)主催。
同会は、被災地の発達障害児との交流や家族の支援を続けている。橋本代表は「甲状腺などの健康被害が出ている。これからは心のケアも必要。どんな支援ができるのか、考えるきっかけにして」と呼び掛けた。
神奈川県川崎市から家族を連れて下関市にUターンした横見出さん(59)は「山口に移住して思うこと」と題して講演した。震災の当日は、東京都港区の研究所から4時間半かけて帰宅。「歩道の両側は帰宅する人で満たされ、歩道は駐車場のような状態だった」と振り返った。
その後、自身と妻、3人の子どもに内出血、鼻血、目の下のくまなどの異変が起こり、2011年後半は子どもたちが繰り返し感染症になったという。下関に帰省すると長女の紅はんが消え、川崎に戻ると再発したこともあって「食べ物、飲み物、子どもが転げ回られる地面。遠ざかる以外、放射性物質から逃れる方法はない」と移住を決意した。
「山口は魚も米も野菜もおいしく、緑豊かで海も広い。原発事故では、市民の命より組織の維持を優先しているように思えた。ぜひ、市民を大切に、所得の豊かさではなく、生活の豊かさ、豊かな環境を活用してほしい」と話した。
福島県から阿武町に移った浅野容子さん、宇部市に来た古和田扶美さんも加わり、3人で対談。「放射性物質が身近にある暮らしは耐えられない」「自主避難者は行政支援から放り出される」「戻れない地に戻れと言うのはやめてほしい」などと語った。
地震発生の午後2時46分には、犠牲者を追悼して参加者全員で黙とう。後半は交流ステージで、グリーンエコシンガーズのコーラス、カンチューハイ角照さんの落語、キッズダンス、玉重智基さんによる琴の演奏があった。

カテゴリー:地域2018年3月12日

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