現代の名工に田中さんと荒川さん

厚生労働省が表彰する卓越した技能者「現代の名工」に、宇部市のボーリング工、田中盛正さん(72)=常盤地下工業=と山陽小野田市の畳工、荒川有三さん(62)=荒川製畳所=が選ばれた。県内からの被表彰者は2人を加えて54人になる。

田中さんは地形や地質を判読して地下水を探し出し、さく井(せい)を行う技能に卓越。43年にわたる仕事で培った知識を基に「井戸が枯れる、濁る」などのトラブルに対応する「井戸のお医者さん」としても活動。どこを掘ったら水が出るか、県内全域を熟知しているという。
美祢市生まれで、大阪で化学関係の仕事をしていたが、29歳でUターン。業種が異なる土木関係の仕事に就いたため、山口工業短大(山口大工学部夜間主コース、後に廃止)で知識を得た。「新しいことに挑戦することが好き。水質の分析などには前の仕事が役に立った」と振り返る。
1980年に常盤地下工業に入社すると、県内を中心に企業、個人用の井戸を掘った。その他にも温泉を掘ったり、地盤改良をしたりと、ボーリング全般に携わる。後身の育成にも熱心で、技能士の検定委員を務めたり、技術講習会を開いたりしている。「若い技術者はどんどん育っている。それを後押ししたい」とエールを送る。砂防ボランティア活動など防災への意識も高く、防災井戸の普及にも取り組んでいる。
今回の受賞について「自然を相手に多岐なことをやっている。水が出ない、水質が悪いなど、困難な問題に直面することもあり、簡単なようで特殊で難しい。他の受賞者のように個人で精巧なものを作ったわけではないが、経験を基に一つの仕事を長く続けられたという点が評価されたのではないか。一人ではできない仕事。みんなと一緒に喜びたい」と人柄をうかがわせた。

荒川さんは、手縫いの畳床の製作における「掛け縫い」という技法に卓越した技能を持ち、伝統技能を駆使する一本縁畳などの製作にも精通していることが表彰につながった。
明治の終わりに機械が発明されてから、一気に廃れてしまったという手縫いの畳床。荒川さんが手縫い床を初めて目にしたのは、源一さんが現代の名工に選ばれたことをきっかけに手縫い床を製作した時。「父の世代の職人が、手縫い畳床を作っていた最後の世代。父が長生きをしたから、私も手縫い床の技術を継承できた」と話す。
荒川さん自身も約20年前から手縫い床の製作を始め、5年前からは年に1度、主に九州や中国の畳職人を集めて「手縫い床研究会」を開いている。
現在、手縫い床は文化財にしか用途がなく、仕事として請け負うことがないのが現状。道具や糸も無くなっており、荒川さんが使っている針は特注。糸は自分でよって復元したという。荒川さんは「技術の伝承が一度途絶えてしまうと、技術を復元することは本当に難しい。文化庁が保護していかないと、おそらく途絶えてしまう」と警鐘を鳴らす。
一方で、荒川さんの元に、宮城県の松島にある瑞巌寺から依頼があり、手縫いの畳床を同寺に納めることが決まった。「父から継承した手縫い床の技能を何とか次の世代へとつないでいきたい」と抱負を語った。

カテゴリー:経済2013年11月7日

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