山本作兵衛コレクション展、講演とシンポ

石炭関連資源の活用を話し合ったシンポジウム(ときわレストハウスで) 国内で初めてユネスコの世界記憶遺産に登録された福岡県の炭鉱画家、山本作兵衛(1892~1984年)のコレクション展開催に合わせた講演会とシンポジウムが17日、ときわレストハウスで市民ら約100人が聴講してあった。パネリストからは「石炭関連の産業遺産を後世に語り継ぐとともに地域資源として有効活用したいもの」という提言が相次いだ。田川市世界記憶遺産活用活性化推進委員会、宇部市主催。

基調講演は福岡県立大の森山沾一副学長が「山本作兵衛さんのライフヒストリー(生活史)」のテーマで話した。森山さんは、死後18年間空き家になっていた山本作兵衛の家から多くの日記や雑記帳を発見。大学生や市民と一緒にこれを読み解く作業に当たっている。
「筑豊には最盛期に500以上もの炭鉱があり、作兵衛さんは麻生系列の30もの炭鉱で働いていた。ボタ山が次第になくなっていくのを目の当たりにして、60歳を過ぎてから炭鉱の記録を残していかなくてはならないと絵を描き始めた。人間には子孫を残したいとか、作兵衛さんのように絵を描いて訴えたいなどの、表現したいという欲求がある。作兵衛さんの絵はフランスの洞窟に描かれた先史時代の絵に通じるものがある」と話した。
作兵衛の日記から、当初は墨で絵を描いていたが「筑豊讃歌」などの著書がある永末十四雄さんから勧められて色を付けるようになったことや、1400枚を超える炭鉱に関する原稿を書きためていたが周囲から「学者でもないのに」とやゆされて焼却してしまったことなどを紹介した。
森山さんは「記録画の数や美術的な価値を含め未解明のことが多く、これからも作兵衛さんについて研究していきたい」と意気込んだ。
「筑豊炭田と宇部炭田の比較」と題したシンポジウムでは田川市石炭・歴史博物館の福本寛学芸員、炭鉱を記録する会(宇部市)の浅野正策会長、新谷栄さん、脇弥生さんが筑豊と宇部の炭鉱の歴史や観光資源としての活用について意見交換した。
浅野さんは「宇部の炭鉱はピーク時の1940年には年間430万㌧の石炭を出荷していた。閉山して40年以上がたつが、実は今も宇部には豪州などから年間600万~700万㌧の石炭が輸入される、いまだに石炭のまちである」とアピール。
他のパネリストも「教育や地域資源、観光資源として石炭関連の遺産を活用していきたい」と口をそろえた。
この日は市石炭記念館で開催中のコレクション展に、炭坑住宅の一角で遊ぶ子供たちを描いた山本家所蔵の作兵衛の原画「シカシカ何本」(1968年作)が1日限定で展示された。独特の優しいタッチの原画に来場者は「描かれた時代が目に浮かぶようだ」と話していた。

カテゴリー:教育・文化2012年9月18日

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