金折教授(山大大学院理工学研究科)が古文書解読

県内の被害状況が記された古文書(金折教授がまとめた報告書より) 山口大大学院理工学研究科の金折裕司教授は、明治維新の前後に発生した二つの大地震の県内での被害状況を古文書から読み解いた。それによると瀬戸内海沿岸で約2㍍の津波、宇部市内でも厚南地域などで液状化があったことが判明。近い将来、「南海トラフ巨大地震」が懸念される中、金折教授は「160年前の教訓を生かし、これまで県内では無縁とされていた津波や液状化を想定した対策を考えるべき」と話す。

金折教授は、1854年11月5日、紀伊水道から四国南方沖の海域を震源とする推定マグニチュード(M)8・4の海溝型地震「安政南海地震」と、72年3月14日、島根県浜田沖を震源とする活断層型地震「浜田地震」(推定M7・1)を調査。県文書館所蔵の長州藩がまとめた公務日記などの原本を読み解いた。
その結果、紀伊半島や四国の沿岸で最大16㍍の津波があり、死者数千人とされる「安政南海地震」は、県内では、山口市小郡周辺で推定震度5~6。死者は報告されていないが、多数のけが人、家屋の全半壊、光市室積海岸で1・8㍍の津波が記述されている。
宇部周辺では、藩命を受けて庄屋が調査した報告書の中に、中野開作で「地面の割れ目から泥水が吹き出したり、井戸が干上がったり泥水が湧き出したりした。押し波と引き波が4、5回あった」、万倉で「温泉から大量の水が出て、田畑が浸水した」との記述がある。金折教授は「まさに液状化や津波を意味する。1万年前以降に堆積した地層の地域では、液状化は十分あり得る」と話す。
島根県周辺で死者550人、全壊5000棟、最大3㍍の津波があったとされる「浜田地震」は、県内では下松周辺で死者3人、けが人多数、萩市見島で1・2㍍の津波との記述があった。
金折教授によると、「南海トラフ巨大地震」では、宇部地域では、発生して1分後に小さく1分間揺れ、2分後に震度5弱の強い横揺れが5分間継続。この時、家屋の倒壊や液状化が予測されるという。また100分後までに最大3・2㍍の津波が到着。押し波と引き波が何度もあり、浸水や家屋の流失の可能性もあるという。
1997年の山口県北部地震(M6・6)など、県中部の活断層が活動周期に入ったことを突き止めた金折教授は「東日本大震災以降、巨大地震への針は確実に進んだ。山口県は地震に強いという『安全神話』は捨てるべき。先人の記録から学び備えることが重要」と話す。

カテゴリー:教育・文化,その他の話題2012年6月29日

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