山田監督 古里への思い、講演と上映会

宇部の思い出を語る山田さん(記念会館で) 思春期から青年期を宇部市藤山地区で過ごした映画監督・山田洋次さんの講演会と作品「たそがれ清兵衛」の上映会は20日、記念会館で開かれ、約1300人が、宇部での思い出や映画作りへの情熱など、山田さんの話に聞き入った。うべYY会(岡本忠雄会長)主催、市共催、宇部日報社など後援。

演題は「監督生活50周年を振り返って」。冒頭で山田さんは、満州から引き揚げ、藤山で過ごした日々を語った。記念会館が戦火を免れ、名だたる音楽家が演奏したことは宇部の自慢だと強調。中学生だったころ、歌劇団の公演チケットが買えず、兄や友達と会場の非常口に耳を当てて音を聞いたエピソードを明かした。
学費を稼ぐために、炭鉱の下働きや水産加工品の販売、がれきの運搬など、さまざまなアルバイトをし、その折々に接した人たちの優しさが、生きていく上で励みになったとした。「作品で描く主人公が常に働く人で、庶民で、民衆の一人なのはなぜですか、と聞かれたことがある。主義や考えではなく、そうした人の暮らしぶりに興味があり、面白いからだ。その発想は宇部での体験があったからと思えてならない。とても大事で、自分のものづくりのルーツ」と語った。
1969年、高度成長期の真っただ中で「男はつらいよ」の第1作が完成する。「当時、活躍していた渥美清をどうすれば魅力的に描けるかと考えるうちに生み出したのが寅さん。テレビや車、冷蔵庫など、人々が求める豊かさが具体的にある中で、彼は時代に背を向けたキャラクター。興味は美しい女性との恋で、困っている人がいたら何とかしようとする。お金も地位もないが、気持ちだけはたっぷり。豊かさにまい進するだけが幸せなのだろうか。そんな気持ちの表れが寅さん」とした。
1時間の講演後、松竹支援の下、映画が本格上映された。数ある山田作品の中から、YY会のメンバーが絞り込み、監督にとっては初めて手掛けた時代劇に決めたという。
同会は山田監督を応援し、作品を通じて、その心を学び、人と人との触れ合いを深めていこうというグループ。2009年に発展解消した藤山YY会が母体で、市制施行90周年、山田さんの監督生活50周年を盛り上げようと、プロジェクトを立ち上げた。

カテゴリー:教育・文化2011年11月21日

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