長生炭鉱水没事故テーマの合唱組曲、歴史に刻む会が企画

長生炭鉱の水没事故を題材にした合唱組曲「海の墓標」が、事故発生から70周年を迎える来年2月、宇部市で披露される計画が進んでいる。長生炭鉱の〝水非常〟を歴史に刻む会(山口武信代表、500人)が東京の合唱団関係者から打診を受け、追悼集会に併せて公演を企画することになった。合唱団は100人規模で、宇部市民にも参加してもらいたいとしている。

「海の墓標」は、戦時中に朝鮮半島から連行され、坑内で命を失った人たちへの鎮魂歌。NHK教育テレビ「N響アワー」の司会を務めた池辺晋一郎さんが作曲した。市内では94年に交流コンサートが開かれて以来、18年ぶりの公演となる。
当時のコンサートを聞いた関係者が「いつか歌ってみたい」と構想を温め、もともと女声合唱組曲だった同曲を混声合唱組曲へ編曲。出演したコーラスの指導に当たっていた人も協力を申し出ており、東京や岩国市、周南市などでメンバーの確保を進めている。
水没事故は42年2月3日未明、西岐波の長生海岸から約1㌔沖合の坑道で発生。犠牲者は183人で、うち7割以上の137人が朝鮮半島からの労働者だったという。
遺体や遺骨は回収されておらず、老朽化が進むピーヤ(排気坑)と坑口が往時の悲劇を語るのみ。清算されていない歴史の一つとなっている。
刻む会は91年3月に発足。遺族と共に追悼式や集会を開き、ピーヤの保存、全犠牲者の名を刻んだ追悼碑の建立、遺骨収集に向けた調査などを求めてきた。
事務局長の小畑太作さん(宇部緑橋教会牧師)は「行政がいつまでも問題を放置し、それを市民が追認している状況が続けば、真の平和は実現できない。より多くの市民に知ってもらい、なぜピーヤの保存や追悼碑が必要なのかという共通理解を得ていくことが、これからの課題」としている。
追悼碑については、刻む会が長生炭鉱水没事故犠牲者追悼碑建立委員会(小川信委員長)を組織し、床波漁港西側に昨年、広さ約310平方㍍の用地を確保した。
資金の確保と名簿の確定作業を進めており、2年後の13年には着工したい考え。9月25日にはその一環として、宇部市の記念会館で、シンガーソングライター加藤登紀子さんのチャリティーコンサートを開く。
コンサートの問い合わせは、宇部緑橋教会内の事務局(電話21─8003)へ。

カテゴリー:教育・文化2011年8月15日

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