桐原さん遺族、岬小校歌作詞者直筆原稿寄贈

校歌の清書原稿を重岡校長(中央)に寄贈した野村さん(左)と光貞さん(岬小校長室で) 岬小校歌を作詞した故桐原正利さんの詞の清書原稿が十六日、桐原さんの遺族によって同校に寄贈された。重岡良典校長は「子供たちが行事のたびに歌う校歌の原点。校長室に末永く飾りたい」と喜んだ。

岬小を一九五五年に卒業した山下昇さん(68)=東梶返一丁目=が、校歌の制定日などを調べていて桐原さん宅(野原)を訪問。関係資料を探す中で、直筆の詞が見つかった。貴重な清書原稿だけに、桐原さんの遺族に適当な保存方法はないものかと打診したところ、同校に寄贈することで了解を得た。
桐原さんは、四七年から宇部市議を四期務めた。歌人でもあった。八六年に死去(享年八十歳)。
岬小愛育会(現PTA)が四七年、開校三十周年記念事業の一環として校歌の詞を募集。四八年、二十五点の応募の中から桐原さんの作品が、一等入選に決まり校歌に採用された。詞は、歌いやすいように一部修正したという。作曲は、小郡町(現山口市)の原田彦四郎さん(七〇年死去)が担当した。
校歌の詞の直筆原稿は、一等入選を受賞した四八年ごろに書かれた。今回新しい額に入れ、その受賞を紹介した宇部時報(現宇部日報)の新聞記事コピーを添えて寄贈した。
桐原さんの二女の野村洋子さん(68)=西岐波吉田=、三女の光貞浩子さん(65)=西岐波柳ケ瀬=、山下さんの三人が、母校の岬小に重岡校長を訪ねて寄贈した。
野村さんは「父が机に向かって作詞するのではなく、散歩しながら覚え書きしていた。小学生のとき、父が作った校歌を歌うのが自慢だった」と話し、額を手渡した。
重岡校長は「詞の内容は、当時の教育に関する地域の願いが込められている。来週の終業式で、校歌のいわれを児童に説明したい」と述べた。
山下さんは「わたしが入学する前の年に誕生した校歌。今でも少年時代を思い出して口ずさむ」と話した。
桐原さんが作詞し四七年に制作された「宇部復興音頭」のレコードも見つかり、このほど市立図書館に贈られた

カテゴリー:教育・文化2010年12月17日

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