厚狭毛利家家臣二歩家の記録展

山口県山陽小野田市歴史民俗資料館(若山さやか館長)の特別展「幕末維新という時代 厚狭毛利家家臣二歩(にぶ)家の記録」が、同館2階で開かれている。幕末から明治にかけて記された「二歩家文書」の一部を初公開している。11月25日まで。二歩家は厚狭毛利家に仕えた家臣の一つで、厚狭の杣尻に居を構えた。幕末期には二歩右平と俊祐の両当主が、毛利元美と正室勅子の側に使え、家臣の中でも重要な役割を果たしていたと考えられている。同文書は1865年から1904年までの日記のほか各種記録などで構成される。大半は戦いに加わる傍ら、記録係として活動した俊祐が記した。同文書は子孫で杣尻在住の二歩材臣(もとおみ)さん(76)から2016年に市に寄贈され、「明治150年」にちなんだ特別展として披露した。

会場には萩藩に関する文書とともに、二歩家文書の現物21点が並べられている。新政府立ち上げの動きが加速した1863年から68年までの動乱期、明治以降の歴史を紹介している。時代の変化に対応する武士の姿にも迫った。1866年に始まった対幕府の小倉戦争に、厚狭毛利家がどのように関わったのかうかがい知れる文書も。戦前の65年10月18日には「教練場を下津の河原に建設する」などと記している。66年の日記からは厚狭毛利家兵は「強義隊」と名乗り、「援兵」として出陣したことが分かる。「武士の生の声が聞ける点でも興味深い」と担当した学芸員の溝口純一さん。藩主が所有していた土地と領民を朝廷に返す「版籍奉還」について、69年9月16日の日記には「采地を残らず召上げ(取り上げる)」と表現されている。
小展示室には二歩家所蔵の物品が並ぶ。俊祐が愛用していた家紋入り羽織、酒器、毛利勅子のすごろくなどがある。11月7日以降は「旧士族の反乱」と題した内容に変更される。

カテゴリー:教育・文化2018年10月10日

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