福原芳山が英留学中滞在「27号室」今も

 旧宇部領主として石炭採掘権を買い集め、古里発展の礎を築いた福原芳山(一八四七-八二年)が、ロンドン留学中に滞在していた建物が見つかった。山口大工学部の三浦房紀学部長がこのほど渡英し、作家の堀雅昭さんから聞いた住所を訪ね、当時のままに現存しているのが分かった。
 萩藩上級武士の家に生まれた芳山は、十七歳の時に宇部領主の福原越後の養子となり、「禁門の変」で越後が切腹した後に領主となった。十九歳でロンドンに留学。当時、日本からイギリスまでは船で五カ月もかかった。八年滞在して法律を中心に学んだ。
 二十七歳で帰国した日本は、江戸から明治へ。宇部では、石炭採掘権が他村民に独占され、自分の所有地であっても採掘量に応じて高額の権利金・斤先料(きんさきりょう)を支払わなければならなくなっていた。芳山は、宇部村内のすべての採掘権を買い戻す指揮を執り、宇部炭坑会社を設立。これによって村民は定額の斤先料で石炭が掘れるようになり、現在の宇部の発展につながった。留学で得た知識を基に大阪裁判所や大審院(当時の最高裁判所)の判事としても活躍し、三十五歳で没した。
 福原芳山が留学中に暮らしていた建物

「27」の部屋のドア(いずれもロンドンで)

カテゴリー:アーカイブ2008年6月28日

石炭都市宇部市の起源
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