宇部大空襲忘れるな 新川橋北側歩道に史跡標柱とプレート設置

 市街地が焦土と化した宇部大空襲の歴史を後世に伝えようと、焼夷(しょうい)弾の芯が突き刺さっていた新川橋の近くに十六日、史跡標柱とプレートが設置された。神原校区子ども委員会(渡壁幸一郎会長)がシリーズで開講した講座「昔の神原ウオッチング」の一環。小山はるかさん(神原小五年)ら小学生七人を含む関係者二十人が参加した。
 標柱は木製で長さ約二メートル。真締川公園の一角に穴を掘り、参加者が交代で土をかぶせた。宇部海員会館の敷地内にも「蒸気問屋の跡」の史跡標柱とプレートを設置した。明治末期から一九三八年まで、汽船の発着や海上輸送の業務を扱っていた場所で、会館の北東三十メートル付近にあった。

 標柱の根元に土をかぶせる子供たち(16日午前9時50分ごろ、真締川公園で)

カテゴリー:アーカイブ2006年12月16日

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