3年余りかけ宇部大空襲の被災状況埋める

 宇部大空襲から六十年。則貞の新田忠正さん(63)は、周辺地域の被災状況を聞き取り調査し、戦前と終戦直後、現在の三枚の地図に、焼失した家屋の位置を書き記した。おぼろげな記憶を頼りに昔からの住人を一軒ずつ訪ね歩き、三年余りを費やした労作。市立図書館などに所蔵されている罹災(りさい)状況図が示しているのは、主に市中心部の被災状況で、調査区域は空白のままだった。
 井上さんが集めた資料によると、一九四五年七月二日の大空襲では、午前零時四十七分から二時十二分までに、焼夷弾七百五十三トンが投下された。死者二百四人、行方不明四十二人、家屋の全半焼四千九百八十六戸、被災者二万二千二百七十九人を数えている。

 市街地の地図に書き足した被災家屋を示す新田さん(則貞の自宅で)

カテゴリー:アーカイブ2005年8月13日

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