橋田さん、小川さんお別れの会

 イラク・バグダッド近郊で凶弾に倒れた宇部市出身のフリージャーナリスト、橋田信介さん(61)と、おいの小川功太郎さん(33)のお別れの会が十日夕、橋田さんが執筆活動などに利用した思い出の宿泊施設ウェルサンピア宇部で開かれた。県内外から二人の知人、市民ら約六百人が列席し、別れを惜しんだ。
 会場前側に、橋田さんと小川さんの遺影が飾られ、遺族が座った。
 全員で黙とうをささげた後、友人の飯田進さん(61)=宇部日報社顧問、元ウベニチ新聞社編集局長=の詩「戦場を駆け抜けていった友へ」が朗読された。
 世話人を代表して、大塚守義さん(71)=同相談役、同社長=が「五月七日には、わたしの家を訪ねてくれ、話し合った。ジャーナリズムの責務を貫いた橋田さん、後継者の小川さんの死が残念でならない」とあいさつした。
 テレビで橋田さんを特集したドキュメント、小川さんのファルージャからのリポートをビデオ上映、戦場で活躍した二人の在りし日をしのんだ。
 橋田さんの大学時代の友人、佐藤良人さん(63)=セルプ南風所長=が「日常生活を聞くのが楽しみだった」、小川さんの高校・大学時代の友人、西田一雄さん(33)=宇部市役所=は「僕の誇りであり、支えでした」と思い出を語った。
 遺族を代表して、橋田さんの妻幸子さん(50)は「たくさんの人に愛され、やりたいことを精いっぱいやってきた橋田がうらやましい。わたしの人生も楽しかった」と、笑顔をつくる橋田さんの遺影に向かい、笑みを添えた。小川さんの母洋子さん(57)は「文章で自分の思いを伝える仕事ができ、生き生きしていた。悲しいより悔しい」と涙をこらえた。会場がいっぱいとなり入り切れず、モニターを見入る参列者からも、すすり泣きする光景が見られた。
 小川さんの母校恩田小からは、児童を代表して六年生十人が出席、平和に願いを込めた六年生全員百九人のメッセージを渡した。母親が小川さんと同級生だった山田響(ひびき)君は「お母さんが大変、悲しんでいました。戦争がなくなればいいと書きました」と話した。
 ロビーの記帳台の横には、橋田さんの働き掛けで静岡県沼津市で左目の治療を受けているイラク人少年、モハマド・ハイサム・サレハ君(10)を支援する募金箱が置かれ、八十八万円が寄せられた。

 橋田さんと小川さんの遺影を前にあいさつする橋田幸子さん(ウェルサンピア宇部で)

黙とうをささげる恩田小児童たち(ウェルサンピア宇部で)

カテゴリー:アーカイブ2004年6月12日

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